NPO・非営利組織のマーケティングって?10年以上の経験者が、事例や手法を解説します

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NPOやNGOをはじめとした非営利組織で、マーケティングがどのように活用されているのか?そもそもなぜ必要とされているのか?疑問を抱かれている方もいらっしゃると思います。 企業でのマーケティングとの共通点や違い、活用される目的や手法など、広告代理店からNPOに転職して、ソーシャルセクターで12年間マーケティングに携わってきた筆者が、実体験をもとに解説します。

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目次

非営利組織のマーケティングとは?なぜ必要なのか?

非営利組織におけるマーケティングは、一般的なビジネスのイメージとは大きく異なります。
多くの人は、マーケティングと聞くと「商品を売る」「テレビCM」といった商業的な活動を思い浮かべることが多いでしょう。


しかし、企業におけるマーケティングは「売れる仕組み」をつくることと説明されることが多く、経営学者ピーター・ドラッカーは「販売を不要とする」とマーケティングを定義しています。
これは、単に商品を売りつけるのではなく、消費者が自然と欲しいと思うような価値あるものを提供し、適切な人に届けることを意味します。

非営利セクターでは、この考え方がさらに拡張されます。
「困っている人を助けたい」という思いで活動を始めても、それが社会から必ずしも望まれていない場合、結果として活動が空回りすることがあります。
また、たとえ良い活動であっても、適切な資金を集めることができなければ、その活動は広がりません。


ドラッカーは、「非営利組織の経営」において、マーケティングを行わない非営利組織は、独善的な考えを顧客に押し付けることになり、顧客や支援者を失う可能性があると警告しています。
彼によれば、マーケティングは外部世界(顧客や支持者)のニーズや欲求と、組織の目的、資源、目標を一致させるための活動です。
NPOのためのマーケティング講座」(長浜洋二)では、マーケティングを「社会に対する新しい価値の提供や社会課題の解決のための仕組みづくり」と定義しています。


非営利組織には、顧客(受益者)、資金提供者、ボランティア、地域住民、自治体など多様なステークホルダーが存在します。
これらのニーズを満たすようにコミュニケーションをとる
ことが、非営利組織におけるマーケティングの重要な要素です。

NPOの現場でマーケティングが活用される、目的と事例

では、NPOは何のためにマーケティングを活用しているのでしょうか?
具体的な事例もお見せしながら、見ていきましょう。

目的1:顧客(受益者)を募る

非営利組織のマーケティングの一つ目の目的は、受益者を募ることです。
企業でいう「顧客」に相当する人たちが、非営利組織では「受益者」と呼ばれることがあります。
これは、非営利組織がしばしばサービスを無料で提供しているためです。

たとえば、病児保育を提供する認定NPO法人ノーベルは、会員である子育て中の家庭に対してサービスを提供しています。
彼らは、WEBサイトの充実や関西圏での広告活動を実施することでマーケティングを行い、その結果、会員数を7年間で大きく増やしました

無料でサービスを提供している場合でも、すぐに支援手段にアクセスできるわけではありません。
「アウトリーチ」という手法を用いて、困窮しているひとり親家庭や若年層に食糧支援の存在を知らせるためにマーケティングが使われることも
あります。
このように、非営利組織においては、マーケティングがサービスを広めるだけでなく、実際に支援が必要な人々にサービスの存在を知らせ、彼らを支援するための重要な手段となっています。

目的2:寄付などで資金を集める

NPOでもう1つ重要な顧客が寄付者です。


多くの非営利組織では、受益者がサービスに対して十分な金額を支払うことが難しい、あるいは無料でサービスを提供している場合があります。
そこで、寄付や助成金を通じて善意の資金を呼びかける方法が重要になります。
この活動は「ファンドレイジング」と呼ばれ、マーケティングがその核心的な機能を果たします

特に個人からの寄付を募る際には、さまざまなコミュニケーション手段が用いられます。
たとえば、「クラウドファンディングで1,000万円を目標に設定し、SNSを通じて応援を呼びかける」「毎月1,000円からの継続寄付者を新たに獲得するためにデジタル広告を活用する」「既存の寄付者にメールや郵送で感謝の意を伝え、活動報告をする」といった方法があります。

このように、支援者とのコミュニケーションは非営利組織におけるマーケティングの重要な部分です。
筆者も広告代理店から教育NPOに転職して、このファンドレイジングに携わりました。

企業でメディア向け広報、WEBサイト管理、SNS運用、ダイレクトメールや会報誌の制作など、幅広いマーケティング業務の経験を持つ人材は、非営利組織においても活躍する事例が多く見られます。

目的3:ボランティアや職員などスタッフを集める

非営利組織におけるマーケティングのもう1つの重要な側面は、活動の担い手を集めることです。
NPOの活動には、専従の職員だけでなく、ボランティア、大学生インターン、専門スキルを持つプロボノボランティアなど、さまざまな人々が関わっています。


活動の形態によっては、専門的な技術や資格を必要とすることもあります。

これらの担い手を集めるための「採用」や「募集」活動に、マーケティングの手法を取り入れる団体が増えてきています


たとえば、フローレンスでは、看護師や保育士を集めるに際して、マーケティング・オートメーション(MA)ツールを導入、人材紹介会社に頼らず自団体主導で採用を進めています。

私も一時期、採用支援や人材紹介に携わっていましたが、NPOにおける採用で難しいのが、理念やミッションへの共感と高い能力の2つの軸を求められること。


その団体とフィットする志を持ちつつ、想いだけではなく実務で活躍できるスキルや経験を集める、それを給与など報酬水準は高くないなかで、という難しさもありました。
マーケティングという意識を持って取り組む団体はまだまだ多くはないですが、逆にこれからマーケティングは人材獲得のための重要なツールとして発展できる余地が十分にあるのではと考えています。

その他にもさまざまな用途

これまで顧客(受益者)・支援者・スタッフの3つを募るという観点から、非営利組織でのマーケティングの活用方法や事例をお届けしました。
その他にも、マーケティング的な視点はさまざまな目的のために、非営利セクターで活用されています。たとえば「アドボカシー」といって、

  • 社会課題について、市民の間で理解や認知を広げる
  • 政府や自治体などに政策提言を働きかける
  • 企業などビジネスセクターとの協働の機運を形成する

といった目的のためにも、広報やブランディングなどの経験者が活躍している事例もあります。

どのようなマーケティングの手法がとられているか?

では非営利組織ではどのようなマーケティング手法が使われるのでしょうか?
目的やターゲットなどによってもさまざまですが、代表的な手法を解説します。

手法1:WEBサイトやSNS

多くの非営利団体が取り組んでいるのが、オンラインでの発信です。
団体の公式ウェブサイトは広報ツールとして定着しており、TwitterやFacebook、InstagramなどのSNSアカウントを持つ団体も多く見られます。

公式サイトやSNSアカウントは、活動報告や受益者、ボランティアの募集、クラウドファンディングの呼びかけに活用されています。
また、代表者やスタッフが個人アカウントで積極的に情報を発信することで、個人からの寄付、企業との連携、マスメディアからの取材が集まることもあります。


特にコロナ禍以降、コミュニケーションがオンライン化する中で、デジタルマーケティングの経験を持つ人材が重宝される傾向にあります。

手法2:広報(PR)

非営利組織にとって、マスメディアに取り上げられる広報(PR)活動は重要です。
マーケティング予算が限られているハンデはありつつ、社会課題を取り扱う性質からテレビ番組や新聞、ネットメディアの記事で活動が紹介されやすいです。

マスメディアからの取材を受けたり、専門家として番組に出演することで認知度を高めている団体もあります。
さらに、インフルエンサーを活用したSNS発信やイベント出演など、新しい広報手法も取り入れられています。

手法3:広告やCRM

広告やCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)も、一部ですが取り入れられています。
特にファンドレイジング(寄付の募集)の際には、費用をかけたプロモーションが活用されています。

アメリカなどでは、伝統的にダイレクトメールや新聞広告を用いたダイレクトマーケティングが寄付集めの手法として用いられてきました。
日本でも大手のNGOなどがこれを取り入れており、デジタル広告を使った寄付募集の例も増加しています。

寄付をした方の情報はデータベースに登録され、メールや郵送、LINE、電話を通じて活動報告やお礼を行い、継続的な寄付を促すCRMの取り組みも進んでいます。

手法4:ブランディング

ブランディングの取り組みも重要です。
消費財や自動車メーカーのような大規模なテレビCMキャンペーンは、基本的にNPOでは行われません。

しかし、団体の規模が大きくなるにつれて、ブランディング戦略はより重要になります。
ビジョンやミッションの策定、タグラインの作成、ウェブサイトのリニューアル、ロゴのデザインなどにブランド戦略やコミュニケーションデザインの専門知識を持った人材が関与することもあります。
これらの取り組みを通じて、団体のアイデンティティを明確にし、より多くの支援者にアピールすることが可能になります。

その他にも「ファンマーケティング」や「コンテンツマーケティング」などさまざまな企業でのマーケティングのノウハウを、非営利セクターに応用する例も数え切れないくらいあります。


今回の記事では紹介しきれませんでしたが、この分野に関心のある方に向けて、

  • NPOのマーケティングで活躍できる人や向かない人の傾向
  • 民間企業のマーケターが活かせるスキルや経験
  • ファンドレイジングについて、どのように学習していけばよいか?

といった内容も、時間を見つけて紹介していきたいと考えています。
X(Twitter)で少しずつ発信していく予定ですので、ぜひフォローください。

この記事を書いた人
山内 悠太
ファンドレイジング・コンサルタント

1982年生れ。東京大学教養学部卒。大手メーカー(三洋電機)・広告代理店(ファインドスター)・教育NPO(認定NPO法人カタリバ)を経て、2014年に独立。
現在は「ファンドレイジング」と呼ばれる非営利団体の寄付募集を、コンサルタントとして支援しています。

マーケティング戦略の策定から「マンスリーサポーター」はじめ個人寄付収入の拡大、オペレーションのデジタル化まで、NPO・NGOや大学など10団体以上をサポートしてきました。

元々は「ダイレクトマーケティング」と呼ばれる分野で、広告やCRMの仕事を手がけてきました。
今もD2C(EC通販)やサブスクリプションなど業界にも携わり、その知見を非営利セクターに応用しています。

「非営利セクターで働く人、働きたい人のキャリアや学習を応援したい」という思いから、2022年にFunDio(ファンディオ)を立ち上げ。
「社会貢献の仕事をしたい」「NPOで働きたい」といった方には、キャリア相談にも乗らせてもらっています。

生まれ育った東京を8年前に離れ、湘南の自宅で仕事をしています。
7歳の娘の父。ラグビーやランニングなど体を動かすこと、本を読むことが好きです。

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