リクルートの編集者から、子育て支援NPOに参画。マーケターから経営者へ

2022
12
16
吉田綾
認定NPO法人ノーベル
副代表
吉田綾

リクルートで営業・編集の仕事をした後にキャリアチェンジ、現在は認定NPO法人ノーベルの副代表として働く吉田綾さん。
「子どもを産んでも当たり前に働ける社会」を目指し、病児保育サービスの会員数をマーケティングで増やした経験。
さらにはコロナ禍前後でのピボットや新規事業へのチャレンジなど、お話を伺いました。

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目次

子育てとの両立に悩み、出産後に正社員を退職

-非営利セクターに移る前は、どんなお仕事をされていましたか?

大学卒業後はリクルートに就職して、結婚情報誌「ゼクシィ」の広告営業をしていました。
新人時代は「広告を掲載しませんか?」と昔ながらの“飛び込み営業”も経験しましたし、大手ホテルや結婚式場へのコンサルティング営業も行ってきました。
20代後半で第一子を出産、産育休を経て職場復帰というタイミングで、元々興味のあった編集部に異動するお話をもらいました。

学生時代の就職活動では広告代理店志望、「カスタマーの役に立つ情報を届けたい」と願っていました。
「憧れだった編集ができる!」と復帰が楽しみで仕方なかったのを覚えています。

リクルート時代、同僚たちと

-産育休から復帰されて、お仕事はいかがでしたか?

ひとことで言うと、子育てと仕事の「両立の壁」にぶつかってしまったんです。

9時から17時まで会社で働いてから、保育園のお迎えに子どものご飯。
新しい部署や職種に慣れないなかでも結果を出したかったので、子どもを寝かしつけた後も起き上がって、「100本ノック」のように企画案を書く。

といった生活を続けていたら、「これ以上頑張れない‥」となってしまって。
このままでは体を壊しかねないと、復帰から1年3カ月後に退職に至りました。

-ノーベルさんでお仕事を始めたきっかけは?

働いているときに子どもが熱を出したのですが、保育園は預かってくれず、でも仕事に穴を空けられない‥
困っていた時に検索していたら、2010年から大阪市内で「病児保育」を始めていたノーベルを見つけました。

病気の子どもの家庭を訪問して預かってくれるのですが、子育て家庭にとって、こんなありがたい仕組みはないなと。
「私もこのサービスを広げるのに携わりたい。ここで働きたい!」と直感しました。

退職して時間があったのもあり、創業者で代表の高亜希に「ボランティアでもいいので、関わらせてほしい」と掛け合い、2010年の夏から参画しはじめました。
その後アルバイトスタッフとして、第二子の出産育休を経て、2013年に正職員になりました。

-どんなお仕事を?

病児保育を広めること、具体的には「利用会員」を増やすのが、私のミッションでした。

ノーベルは月会費を払って契約いただいた会員さんのご家庭に、「当日朝の予約でも100%お預かり」をお約束する、共済型と呼ばれる事業モデルをとっています。
これは入ってからびっくりしたのですが、会員さんが2011年当時は約30人しかいなかったんです。

「どんなに良いモノをつくっても、素晴らしいサービスを提供しても、知って使ってもらわないと、もったいない‥」
学生時代に広告業界を志望した動機を思い出しました。

WEBサイトのリニューアルやチラシ・冊子の制作といった広報業務に、1つずつ取り組んでいきました。

病児保育を関西でも広める。そのために大切なことは、リクルートで教わった

-前職のスキルやご経験も活きたのではないでしょうか?

編集や制作といったスキルは、おかげさまでそのまま役立てられました。
でもゼクシィ時代は私の担当は紙媒体でしたから、デジタルは初めて。
WEBやSNSは、ゼロから勉強しながら実践していきました。

そういった具体的な知識はもちろんですが、今の仕事の根っこで大切なことはリクルートでも教わったと思っているんです。

-どんなことでしょう?

リクルートでは「ターゲット理解」への強いこだわりを叩きこまれました。
ゼクシィの編集部には、結婚を準備しているカップルなど読者から、アンケートの葉書が毎週何百通と届いていました。

1枚1枚に目を通しながら、記事の反響を確かめていく。
感想やリクエストからニーズを探り、次号以降の企画を立てていく。

時には「デプスインタビュー」といって、お一人おひとりに話を伺いながら、本音を引き出していきました。
読者を徹底的に理解しているから、売れ続ける雑誌をつくれるんです。

-NPOだと業態も規模も違いますが、どのように応用されたのでしょう?

ノーベルでは当時、病児保育を希望される方に、説明会にお越しいただいていました。
その場でお一人おひとり、何百人のお父さんお母さんとお話ししながら、さまざまなご要望や不安を聴かせてもらいました。

「子どもは突然熱を出すけれど、急にでも対応してもらえるのか?」
「自宅に知らない人が来るのは心配‥」

そのような声を反映して、「当日朝8時までのご連絡で100%お預かり」や「慣れた環境で、子どもはのびのびリラックス」など、WEBサイトや冊子などで訴求するメッセージを作っていきました。
「明日仕事を休めないので、すぐ登録したい」というニーズも強いと分かったので、「最短翌日利用OK」の仕組みをつくるなど、サービス自体も改善をしていきました。

利用会員向けの説明会

-素晴らしいですね。今でも続けていらっしゃるんですか?

説明会はオンライン化したり、私自身は現場を離れたりと昔と同じではないですが、アンケートやインタビューなどで会員さんの声を聴くことは、規模が大きくなった今でも重視しています。
「現場」という意味だと、実は私も年に3,4回は、保育スタッフとしてご家庭を訪ねて病児保育をしているんです。※

「会員さんは、日々の生活で何に困っているのか?」
「どんなサービスにすればもっと役に立てるのか?」
お話だけでは分からないリアルな状況が、ご自宅を訪ねて親御さんと接していると見えてきます。

サービスインしたての頃は、代表自ら会員さんお一人おひとりのご家庭を訪問して説明していたくらいでした。
「一つひとつのご家庭に向き合う」というスタンスは、組織のDNAとして根付いているのかもしれません。

※編集部注:「当日朝8時までの受付で、100%対応」という会員さんへの約束を実現するために、繁忙期には職員の方も対応されているそうです。

3年で黒字化、利用会員は1200人以上に増加

-マーケティングの結果は、いかがでしたか?

2012年当時は入会者数も年間で100件前後だったのが、SEO(検索エンジン最適化)などオンライン集客を強化した結果が、実ってきました。
おかげさまで、WEBサイトから月50件前後の入会申込みをいただくまで増えました。

2014年には、大阪府淀川区で区民が約半額負担で病児保育を利用できる、公費の助成が決定。
監査法人や弁護士組合などの従業員や組合員が会費割引を受けられるなど、さまざまな提携も決まっていきました。

コロナ禍前のピークである2019年には、約1,200のご家庭にサービスを届けられるようになりました。

-当初の40倍!どんどん広がっていき、すごいですね。

ありがとうございます。ただ、私たちの実力以上を発揮させてもらえた、という気持ちもあるんです。

NPOのアドバンテージは、理念に共感した方が応援くださること。
マーケティングでも、プロフェッショナルな方々が力を貸してくれました。

たとえば、働く親御さんに向けて2015年に発刊した小冊子
普段は大企業の宣伝を手がけているような大手広告代理店の方々が、チームをつくってプロボノ(=プロフェッショナルなスキルを活かしたボランティア)で制作してくださいました。

プロフェッショナルの支援も受け制作した、広報用冊子

-NPOは独特の世界でもあり、外部のプロが実力を発揮できない例も聞きますが?

はい、もちろん全てがうまくいった訳ではありません。
専門分野のプロフェッショナルといっても、病児保育というサービスや利用会員さんなどターゲット像を完璧に理解してはいません。

彼らのスキルや外部ならではの柔軟な視点、積極的に提案してくれるアイデアを活かしながらも、「誰に何の価値を提供するのか?」の芯をぶらさない。
特に私たちは営利の“シッターサービス”ではなく、非営利団体だからこそ大切にしている理念があります。

それらのコアが、成果物にも反映されるようコミュニケーションしながら調整していくこと。
その前提として、私たちが誰よりもカスタマーと事業を知っていること。

そういった事業に携わるマーケターとしての役割が、団体内で大事だと実感しました。

-手応えはいかがでしたか?

はい、新規入会者が増えたのはもちろん嬉しかったし、事業収入が伸びていきほっとした気持ちもありました。
サービスインから3年目には損益分岐点も超え、黒字転換しました。

でもそれ以上にやりがいを感じられたのは、利用した会員さんに貢献できていると分かったことでした。
ノーベルでは、利用後に必ずアンケートにご回答いただいています。

「ノーベルさんがいてくれるから働けています」というお声は本当に日々沢山いただき、とてもやりがいを感じています。
ただ一番、嬉しかったのは、「将来、ノーベルさんになりたいです」という姉妹からのイラスト付きのお手紙をもらった時です。

病気の子どもを預けることに罪悪感を感じる親御さんがおられるように、子どもに負担をかけていないだろうかと、いつも少し心配する気持ちもあったんです。
でも子どもたちが「ノーベルさんと一緒に遊べることが楽しい、また来てほしい。わたしもノーベルさんのような存在になりたい」と思ってくれていることが、本当に心から嬉しかったです。

-それは嬉しいですね。会員さんの継続はいかがでしたか?

はい、定量的にも1年後の継続率は約80%で、平均継続期間は約25ヶ月間と、多くの会員さんが利用を続けてくださいました。
アンケートの評価では「大変満足した」「満足した」の回答が、創業以来13年間、95%以上をキープし続けています。

私たちがつくってきた事業が、「子育てと仕事の両立」にダイレクトにつながっている。
マーケティングを通じて、社会に必要な価値を届けられている。

そんな手応えをひしひしと感じていました。

コロナ禍前後でのピボットと、次の10年間のビジョン

-コロナ禍は、事業にも大きな影響があったと伺いました。

そうなんです、私たちのサービスは「ご自宅を訪問して、保育する」という性質上、“人との接触”を伴います。
リモートワークが普及して、自宅でご両親が子どもを見られているご家庭も増えたようでした。(2020年の会員の皆さんへのアンケート調査より)

会員数は、ピークだった2019年当時の約1,200人から20年には約1000人と一気に減少。
事業別売上にあたる「病児保育事業収益」も、約1億円(2019年度)から約8,600万円(2020年度)と右肩上がりの成長が反転してしまいました。

-経営にも大きな影響があったように思いますが?

はい、事業の特性上、コロナ禍での訪問型病児保育の運営は、保育現場の状況や社会情勢を見ながら、本当に試行錯誤の連続でした。
ただスタッフみんなの頑張りもあり、会員数は下げ止まりから回復に向かい、2022年にはコロナ禍前の8割の水準に戻りました。
ありがたいことに助成金への採択などもあり、財務基盤が不安定という訳ではありません。

新規入会者数の推移は、コロナ禍で落ち込んだものの回復

ただ、これまでのように「会員数の伸びが、私たちの社会的インパクトに比例している」という単純な構図ではなくなり、難しさを抱えながら走っているところです‥

-とおっしゃるのは?

2010年代は、「病児保育のノーベル」でした。
病児保育が関西圏で普及していく=社会が良くなること、でした。
でも、そうやって課題が解決に向かうと、別の課題が生まれてくる。

たとえば、担い手である保育スタッフの待遇や働き方です。
ノーベルのような訪問型保育に対しては、行政からの補助はありません。

これまではスタッフ一人ひとりの献身的な努力に頼っていた部分もありましたが、スキルも責任も求められる仕事に「時給1,050円」では、人材が集まりにくいのも現実です。
また、保育では朝8時~夜18時半までお預かりするケースが多く、体力面でも家庭とのバランス的にも、「誰もができる働き方」とは言いづらい部分もあります。

働く親御さんのサポートを拡大していくためにも、保育の担い手にとっても、働きやすい環境を整備する。
そのためには私たちの事業も組織も、変わっていくことが求められています。

-事業の成長とともに、社会に求められる役割が変わってきているのですね。

そのとおりです。
実はコロナ禍前の2019年に、ビジョン・ミッション・バリューを定め直しました。
これまでの10年間の“病児保育のノーベル”から脱皮して、「子育てと仕事の両立」が当たり前になる社会を2030年に実現するため、私たちに何ができるか?
事業を立ち上げたり、あるいはクローズしたりといった思い通りにいかない経験をしながら、実験をしつつ方向性を定めている途上です。

半径5m以内を大切にすること、10年間続けること

-吉田さんのポジションも、今は副代表になられたとSNSでお見かけしました。

入職3年目に「広める部」(広報・マーケ部門)のマネジャー、8年目の2018年には副代表となり、今は既存事業の統括をしています。
そして、病児保育以外の新規事業を、代表と一緒につくっています。

これまで1つの部門を見ていた時には、ほとんどの実務を自分自身でこなせました。
前職からのスキルを活かせたし、良くも悪くも、プレイングマネジャーでした。

でも今は、そうではありません。

新規事業開発をしていると、本当に幅広い分野の知見が必要とされるんですね。
マーケティングの調査・分析等はもちろん、人事やコミュニティ・組織マネジメント、システムに広報ブランディングまで。
これまで接点のなかった分野の方にもサポートに入っていただき、インプットをさせてもらいながら、視野を広げ、事業運営を進めています。

-これまで築かれてきたものがあると、心配にはなりませんか?

お察しのとおり、よく知っている業務だからこそ、ついつい口出しをしたくなってしまいます。
そんな衝動を抑えながらですが、ノーベルには優秀なスタッフがいるんです。

大企業や業界大手企業で長年、マーケティングや人事、システム等の専門分野で経験を積んできた人材も転職してきてくれました。

保育の現場を支える保育スタッフ、専門スキルを持ってノーベルに飛び込んできてくれた彼ら彼女たちが活躍してくれるからこそ、給与や働きやすさなど条件面ももっと良くしていきたい。
それでも収益が出る、事業モデルを作らなければならない。

経営としての責任を果たすこと、スタッフが活躍できる場を用意することに、目を向けるようにしています。

ノーベルの事務局スタッフの皆さまで

-今後のキャリアについて、お聞かせください。

本当の意味で「経営者」になることなんじゃないかと、考えています。

ノーベルのビジョンは、私のビジョンでもあります。
ノーベルの挑戦を実現させるために、私ならではのリーダーシップを確立していきたいです。

私は元々は起業家やリーダーといったタイプではなく、どちらかと言えば「フォロワーシップ」が得意なほうでした。

リクルートでも、「どんな雑誌を作るか?」は既に決まっていて、担当する誌面を企画する。
ノーベルでも、代表の構想をカタチにしていく役割に、居心地の良さを感じていた時期もありました。
ボランティアから正職員、マネジャーへと職位が上がるにつれて、「それは吉田さんが判断してほしい」と言われる機会も、当たり前かもしれませんが増えていきました。

「何をやるか?」から、自分で考えて自分で決めること。
私にとっては楽しくも、チャレンジングなテーマです。

また、メンバー時代、マネジャー時代を経験しているからこそ、それぞれの立場がうまくかみ合うチームを作っていけるよう、隙間を埋めながら立ち回っていきたいと考えています。

-組織の成長とポジションの変化に、適応されようと尽力している読者の方もいらっしゃると思います。

はい、参考になるかは分かりませんが、私は「半径5m(メートル)以内」を大切にしていきたいと考えているんです。
「社会課題」や「解決策」といった抽象度の高い話も、結局はお一人おひとり、N=1の個別の状況の集合です。
だから、利用会員さんや保育スタッフ、その背後にいらっしゃる子育てと仕事の両立を目指すご家庭のお一人おひとりに向き合い、解像度を高く捉えて経営にあたっていきたい。

リクルートの編集部で教えてもらったことに、1周回って“原点回帰”したかもしれません。

-最後に、ひとことお願いします。

私は、ビジネススキルがとりたてて高いわけではないですし、代表の高(こう)のように強い起業家精神を発揮できるタイプでもありません。

ただ、この10数年、ひとりでも多くのカスタマーをサポートしたいと願い、アクションし続けてきました。
結果、スキル・経験の蓄積だけでなく、自身のマインドセットが変わる、いくつかのターニングポイントも経験することができました。
また、みんなの努力が積み重なり、少しずつ社会が変わっていくことも、実感しています。

2030年に向けて、次の10年間も続けていく。

「子どもを産んでも当たり前に働ける社会」への向かい方は、今は見えていない部分もありますが、続けることで見える世界があると信じています。

経歴
  • 2003年 中央大学卒業
  • 2003年〜10年 株式会社リクルート
  • 2010年〜 認定NPO法人ノーベル

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