遺贈寄付の寄付件数は、6年間で2倍以上に増加
「遺贈を次の収入の柱として育てたい」「理事会でも期待が集まっている」といった声にあるように、ファンドレイジング関係者から遺贈寄付への注目を聞く機会が、この3年間で増えました。
遺贈寄付はどれくらいの金額がされていて、マーケット規模としてどれくらいなのか?
最新の情報ではありませんが、目安になるのが、国税庁への開示請求によって公開された相続税の申告時に行われた遺贈等の寄付による控除の申し出の件数や金額に関するデータです。
それによると、2020年の1年間で行われた遺贈寄付の総額は約397億円。
これは、亡くなられた方名義の財産の「遺言による寄付」と、遺産を受け取られたご遺族などがされた「相続財産からの寄付」の両方を含んだ金額です。
件数は826件と、2014年から2倍以上に増えたようです。
金額は年によって変動がありますが、100億円以下であった2014、15年と比較して約5倍に増えています。
ふるさと納税を除いた個人寄付の総額が、同じく2020年は約5,400億円(「寄付白書2021」より)でした。
全体のなかではまだ大きくはないですが、増加トレンドは注目されます。
日本財団や日本盲導犬協会など、個別組織の開示データから
個別の財団や団体で開示しているデータを見ると、日本財団の「遺贈寄付サポートセンター」に寄せられた遺贈寄付の総額は直近(2022年度)で年間約3.9億円。
先行指標といえるお問い合わせ件数も遺言書受領の件数も、増加傾向です。
また公益財団法人日本盲導犬協会に寄せられた遺贈寄付は、2016-20年度の5年間の年間平均で5億5700万円(24.4件)。
2011-15年度の年間平均3億9500万円(14.5件)、06-10年度の年間平均1億3400万円(6.4件)から増加しているとわかります。
(出所:星野 哲「人生を輝かせるお金の使い方 遺贈寄付という選択」日本法令 2021年)
海外からも日本の遺贈寄付に注目が集まる
日本の遺贈寄付市場は、海外からも注目が集まっているようです。
先日ある海外に拠点のある国際NGOの関係者と話したときに、「日本でのファンドレイジングの進出を検討している」とのこと。
他の先進国と比べても「高齢者人口の多さ」と、それによる遺贈寄付の可能性を日本市場のポテンシャルとして捉えているようでした。
- 英国では、過去30年間で金額が4倍に
- オーストラリア(上位60団体)でも、過去10年間で金額が2倍に
と先進国では共通して、遺贈寄付が伸びているようです。
(F&P「STATE OF THE FUNDRAISING NATION(有料記事)」より)
遺贈寄付のポテンシャルに注目している団体が多いのも、頷けます。
国内外の事例から学ぶ、既存ドナーから遺贈寄付を募る方法
一方、遺贈寄付で難しいのが、「今すぐ」の寄付のお申し込みは発生しづらいということ。
金額も大きいケースが多いですし、手続きにも意思決定にも時間がかかります。
実際に遺贈寄付が行われるのかがいつになるのかは、誰にも予測できません。
そんな「募集が難しい」特性を踏まえたうえで、まずアプローチする対象として考えたいのが、一番アクセスしやすい既存ドナー。
既に寄付をくださっていた方(既存ドナー)が、ご年齢やご健康などのご事情で遺贈寄付を検討し始めたとき、愛着のある団体を選ぶというパターンです。
今回は、大手国際NGOや大学など遺贈寄付に力を入れている団体の事例、あるいは海外のケーススタディから、3つの手法をピックアップしてお伝えします。
(次回は、既存ドナーに限らず新規の見込みドナーを募っていく方法について解説する予定です。)
手法1:アンケートで、見込み客に“手を挙げてもらう”
1つ目は既存の寄付者に「アンケート」を実施して、遺贈寄付に関心のあるドナーを見つける方法です。
寄付を始めたきっかけやご支援への想いなどご支援者にアンケートをとっている団体は多いはずですが、一部の団体ではそこに遺贈寄付への関心を聞く質問が入れ込まれていることがわかります。
例えば、私がマンスリーサポーターとして支援する団体から郵送されたニュースレターに、添付されていたアンケート。
属性やご支援のきっかけなど聞いた後に、「ご寄付の方法として遺贈によるご寄付をご存じですか?」や「○○(団体名)へ遺贈寄付ができることを知っていましたか?」「遺言によるご寄付にどの程度ご興味がありますか?」といった質問が並んでいました。
冒頭でもお伝えしたとおり、遺贈寄付の申込や相談をするのも、検討しているご本人にとってはハードルが高いもの。
直接呼びかけてもすぐにはご寄付につながらないので、「まずは接点を作ることから」と資料請求を受け付けるのが一般的です。
アンケートの手法では、「資料請求をするほど検討してはないけど、将来的には関心がある」というドナーにご自身で「手を挙げてもらう」ことに注力。
過去の寄付履歴や属性、アンケートの回答内容などと照らし合わせて有望な方には、電話や手紙、あるいは面談などでコミュニケーションをとっていく、きっかけ作りとして活用されています。
海外の事例になりますが、ニュージーランドのセーブ・ザ・チルドレンや米国のアドラ・インターナショナルなどの国際NGOが、このアンケートを実施。
そこからリード(資料請求や問合せなど)の獲得はもちろん、遺贈の申込まで発生した実績が、2020年に私がオーストラリアで参加した“FIA Conference”の講演(”How to build donor centric communications with a great supporter survey”)では紹介されていました。
- 約34,000人に郵送・メールを送付して、リードのレスポンス率が7.17%、遺贈の申込が7.6%(ADRA International 米国/2017年)
- 約20,000人に郵送(約11,000人にEメール)して、118件のリードと38件の遺贈の申込が発生(Save the Children NZ/2018年)
手法2:会報誌やメルマガでコーナーを設け、伝え続ける
2つ目は、寄付者に郵送しているニュースレター・会報誌やメールマガジンなどで、遺贈寄付についての情報を定期的にお伝えしていく方法です。
遺贈寄付を全員に呼びかけるとなると、気をつけたいのが、既存ドナーからのクレームや離反(マンスリー寄付者の解約など)。
遺贈寄付は「人の死」にまつわるデリケートな話題ですし、日本社会の“空気”のなかではご案内しづらい‥という感覚を抱くスタッフもいらっしゃるのではないでしょうか?
そんななかで実施しやすいのが、会報誌やメールマガジンに遺贈寄付のコーナーを設け、「寄付者からいただいたメッセージ」や「遺言の残し方や法律の手続きなどお役立ちノウハウ」といった中立的な情報を交えて伝えていくこと。たとえば、
- 認定NPO法人国境なき医師団日本は、既存ドナーに郵送されるニュースレター「ACT!」に「遺贈寄付 相談室だより」と題したコーナーを設け、税制優遇や遺言の書き方などをイラスト付きで紹介していました。(「ACT! 10月号 スーダン危機 避難を強いられた人びとへ医療を」参照)
- 公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパンも、会報誌に「PLANレガシー1%クラブ」のチラシ(A4裏表)を同封。ご自身の遺産の1%を寄付する意向のメンバーを集め、終活の仕方や遺贈・相続寄付の体験談などの情報をお届けする、同クラブ会員への加入を呼びかけていました。
このように直接的な寄付の依頼には至らなくても、「遺贈寄付を受け付けている」事実を柔らかくも定期的にお伝えし続けることで、クレームや離反を防ぎながら寄付者の頭の中に選択肢と入れてもらう。
そのうえで何かご自身のライフステージで変化があった時に、相談してもらいやすい基盤を作っているのでしょう。
手法3:セミナーや相談会を開催して、遺言作成など手続き面でのハードルを下げる
3つ目は、セミナーや相談会などイベントを開催して遺贈寄付についての理解を深めてもらう方法です。
「遺贈寄付を検討している」と申し込むのは敷居が高くても、“終活”や“相続”、“遺言書”といったご自身の関心あるテーマについて、中立的な情報を取得するためでしたら、手を挙げやすいでしょう。そこで、
- 終活のご準備の仕方や手続きの進め方などわかりやすく説明する、「相続・遺贈寄付セミナー」(動物保護団体)
- 遺言書の作成方法や不動産・税金などを聞く、「秋の遺言相談会」(国内子ども支援NPO)
- 法律の専門家による相続制度や遺言書のつくり方など「相続セミナー(法律編)」(大手国際NGO)
といったテーマで見込みドナーを募る方法をとる団体も、少なからず見られました。
特に司法書士や弁護士など専門家に講師になってもらえれば、「寄付のお願いばかりでは?」といった心配も払拭しやすいはずですし、「貴重な話を無料で聴ける」となると、わざわざ足を運ぶ(またはオンラインで時間をとる)インセンティブにもなります。
特に「遺産の一部を寄付に充てるのを検討している」という方は多いものの、寄付の手続きに至るまでの大きな障壁が「遺言書の作成」。
「難しそうだから後回し」「面倒でついつい・・」とならないように、法律や税務の知識や手続きのイメージを持ってもらうことは、有効でしょう。
このような取り組みのうえでは、中間支援団体との連携や取り組みの活用も有効でしょう。
例えば一般社団法人全国レガシーギフト協会は、「いぞう寄付の窓口」を設置。
各地域の弁護士や税理士などの専門家と連携し、遺贈寄付を希望する方をサポートする体制を整えているそうです。
また一般社団法人日本承継寄付協会は、「フリーウィルズキャンペーン」と言って、遺贈寄付の遺言書を作成する専門家への報酬を助成するキャンペーンを行っています。
このような取り組みを既存ドナーに案内して、遺言書の作成のきっかけとしてもらう団体もあるようです。
長期的な視点で、既存ドナーとの関係性を深めていく
これらの手法も用いて、既存ドナーから遺贈寄付に関心のある人に“手を挙げてもらう”まではできたとしても、遺贈寄付の発生までには1-2年間、長い方だと数年や10年近くと時間がかかるのが遺贈寄付の特徴です。
遺贈寄付は、「ドナーピラミッドの頂点」とも言われます。
通常の寄付をいただき、感謝や報告を示し、事業が成果を挙げ、また繰り返し寄付をいただく。
その先に、生涯の財産を託していただくまでに、団体と寄付者の関係性が深まっていくという考え方です。
「既存ドナーが最期を迎えられ遺贈での寄付をくださる時、初回のご支援から何年経過していたか?」について、オーストラリアとニュージーランドの43団体の調査データでは平均で15年間、なかには30年以上のつながりのある方もいらっしゃいました。
ちなみに最終の寄付日から遺贈まで経過した期間の平均は4.5年間とのことで、一定期間のご寄付がなかった方も「離脱」としてフォローをやめず、継続して関係性を育む大事さが説かれていました。
(F&P「The Benchmarking Project – Highlights from The Essentials Report 2023(有料記事)」より)
また「遺贈寄付は団体への高額寄付者からというよりも、額は関係なく継続的に長期的に支援をしてくれている寄付者からのほうが多い」という傾向も、米国や英国などでもあるようです。
(ファンドレイジング・ジャーナル「パンデミック禍でも増加する遺贈寄付|特集・世界のファンドレイジングの今〜AFP ICON2021からの学び」より)
既存ドナーとの関係性を深め、遺贈寄付まで至る道のりを耕していく。
時間がかかる場合もありますが、長期的な視点で実行できれば、きっと実りある取り組みになるはずです。